08/19/2022
今日は7時に目が覚めた。
布団を片付けたけど寝起きが悪く、布団なしで8時位まで横になってた。
仕事が再開してからという日々、どうしたものだろう。
久々にスマートウォッチのヘルスアプリを確認して、睡眠の質と血圧を確かめることにした。
結論、スコアはあまり良くない。
深い眠りの時間は1時間ちょっとしかないし、レム睡眠の時間も少ない。
夜に日記を書き始めたからこうなったわけでもないし、ここ最近の話なのでなんとなく要因は分かる。
仕事に少し変化があった。
ただどちらかといえば、悪い変化だと思ってる。
仕事が増える。
今年の1月〜6月までの充実していた時のように一生懸命がんばれるような仕事が増えるのはとても嬉しいけど、今回の件は悔しい”増”タスク。
僕は仕事がなければ生きていけない人間だと思っているし、仕事が生きる活力になる瞬間を知ったから仕事が忙しくなるのは良い。ただし、思うことはある。この原因を自分で作ってしまったこともあって少し苦しいなと。
「会社が◯◯だから」「社会は今こういう状況だから」とかはなるべく使わないように意識している。そうすると人に悪い影響を与えずに済むし、ちゃんと自分で変化を起こそうと思える。
だから今日も僕は自分のブログの編集画面に向かうし、未来のことを考える。
他責グセが強い人ほど「この国は、」とか「会社の方針で、」とか言うから、僕はそういった大きな対象を事の背景を説明するために利用したりはしない。
— 97年生まれの僕はミニマリスト|編集長&ブロガー (@97boku_blog) July 23, 2022
そんな変化に対応するべく忙しない時間が続いて、終業直後に一本電話がなったりバタバタはしたけど今週も仕事が終わり、明日から休み。
そしてパソコンを含め全ての仕事道具をリュックにしまう。
仕事はテレワークなのでデスクにそのまま仕事用のPCを置いておけばよいけど、僕はON/OFFを切り替えるために仕事に関する道具は必ず全てしまうようにしている。
そのバッグを床に置いて出かけようと思った時、誤ってリュックのナスカンを踏んでしまいバッグが壊れた。
バッグ本体とショルダーストラップをつなぐナスカンの留め具が真っ二つになってしまった
僕はどんなモノでもそれが物体である以上、必ず壊れるという考えで生きている。
けど、やはりモノが壊れてしまうことは悲しい。
もっと言うと、モノを壊してしまう状況を作ってしまった自分を責めてしまい、悲しくなる。
「モノが壊われる時はいつだって何かの導き」
特に誰の言葉とかではなく、僕がそう思っているだけ。
僕がここで “導き” という言葉を使う理由は良い意味でも使われる単語でもあるし、悲しい気持ちを良い方向に展開したいから。
モノが壊れてしまうのは何か原因がないと起こらない事態で、大半が今回のように「誤り」や「不意に」などといったマイナスなことがそうさせる。修理するためにはお金もかかってしまうし。結果的にも良いことは少ないようにも思える。
ただ、その反面そのきっかけには良いことが待ってると願いたい、信じたい。
「床にバッグを置いてしまったから、こうなったんだ。次はそうやって置かないようにしようね」と今後のアドバイスになったとか、
「今日はプラスな考えができなかったから、天国のおじいちゃんがそっと『そんなこと考えちゃダメだよ』とモノを通して教えてくれたんだ」とおじいちゃんと会話できた、とか。
自分なりにそう考えれば人やモノに怒ることもなくなるし、壊れたからこそモノを労り、慈しむ心を手に入れてきた。
近くの サルスベリの花
サルスベリの花が段々散ってきた
夕ご飯を買って自宅へ戻る時、近くのサルスベリの花が段々散っていることに気づいた。
「暖かさ」から「寒さ」へ変化するきっかけがある限り、花は必ず散る。不変な事象だ。
モノもいつかは壊れる。僕はこれも不変な事象だと思ってる。
ただ、モノが壊れるときはいつも思いも寄らない時にやってくる。
きっかけは自然が作るものではないし、作り手/使い手の僕たちがそれになる。
起こしてしまった/起こしたきっかけをなにかの導きにするか否かはそれも僕ら次第。
まずは明日、このバッグを持ってメーカーを訪ねようと思う。
何かの導きになっているのかも知れない。
08/19/2022